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ホルモンの名称は「捨てるもの」からきたって、本当?
最近、焼肉店でホルモンやハラミ、ミノといった内臓料理が人気を呼んでいる。関西地方では昔からよく食べられていたが、ここ2、3年前から関東ばかりでなく全国的に内臓料理への人気が急上昇中で、そのためか以前は二束三文であったものがちょっとした高値を呼ぶようになった。
内臓料理の代表は何といってもホルモン。そのホルモンだが、その名称がどこからきたかとなると、いまだに誤った「説」が横行しているようだ。
特に、関西地方では今でも焼肉の「ホルモン」は、大阪弁の「ほおるもん(大阪では捨てるを《ほおる》、物を《もん》という)」からきたと信じ込んでいる人が多く、これまで様々な本にもそのように書かれてきた。
日本で牛肉が一般
に食べられるようになったのは明治の文明開化以後だが、それでも赤身肉を食べるだけで、欧米人と同じく内臓類は食べずに捨てていた。
ところが、戦後の食糧不足の時代、あちこちにできた闇市場でこのホルモンが煮込みや焼肉として売られ、多くの人の空腹を満たした。ではこのホルモンはどこから出てきたのか。当時、肉などはまだ統制の時代であり、一般
の日本人にはとても手の届く代物ではなかった。食べる人といえば日本占領軍(GHQ)の関係者だけだった。
彼らは前述したように、赤身肉は食べても内臓類は一切食べなかった。日本人も食べなかったし、調理の方法すら知らなかった。ところが、強制連行や強制徴用で日本に来ていた韓国人は、もともと肉の調理法を熟知し、牛であれ、豚であれ頭のてっぺんからそれこそ足の爪先までの調理法を知っており、内臓料理などはお手の物だった。
在日韓国人はその頃、日本の植民地から解放された戦勝国民で、戦後すぐにいくつもの団体を結成しGHQと200万人の帰国促進のための談合や治安問題、教育問題などを話し合っていた。当然、GHQ本部だけでなく、各占領軍基地に出入りする団体、個人も多く、彼らは捨てられる内臓を払い下げてもらっては煮込みや焼肉にして食べた。それが瞬く間に闇市に広まっていったのである。
関西の<物知り>たちは、「米軍が食べずに捨てたもんを穴から拾ってきて、それを煮込みや焼肉にして食べた」と、やや自嘲気味、軽蔑的に言ってきたのである。捨てられたものを拾ってきて調理して食べたケースもあったには違いない。しかし、「ホルモン」という名称は、戦後に生まれたのではなく、明治時代から使われていた言葉なのだ。
このことは、本誌創刊号に詳述されているが、大阪ではすでに戦中時代に北極星という店で、上品な味と作りのホルモンの煮込み料理が売られていた。
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