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vol.87/2000年8月号 CONTENTS

食の文化史「マカロニ」

 
本格的な製造は昭和七年から
穴の空いたマカロニの国産第一号は、ずっと遅れて新潟で生まれたといわれます。石附吉郎という人が明治四十一年(一九〇八)ころ、新しいうどんを考案し、西洋人に好まれるのではないかと考えて、横浜までもって行ったところ、反対にマカロニを見せられて、このようなものはできないかと相談を受け、それをきっかけに苦心して独自にマカロニ製造機を発明して製造を始めたのが始まりといわれています。
しかし、それも日本ではなかなか普及しませんでした。有名な料理小説「食道楽」の著者、村井弦斎は、マカロニはうどんのようにうまくはない、と書いています。そして、本格的なマカロニの製造は昭和七年(一九三二)ころの兵庫県からで、マカロニの機械を輸入したものの、手本もなく、辞書を引きながらの手探りで、大変な苦労だったということです。
せっかくつくっても、当時はマカロニを食べるのは上流クラスの人に限られ、高級ホテルレストランでは輸入物を使っており、それと対抗して納入するのは困難でした(『味百年』日本食糧新聞社刊)。
そのころ(一九三五年)の生産量は年間わずか二百トンでした。それから約三十年後の昭和四十一年には六万八千トン、約三百四十倍になりました。特に飛躍的に伸びたのは昭和三十年以後の約十年間のことで、太平洋戦争後の食生活全体の洋風化のなかで、マカロニ・スパゲッティははじめは洋風料理のつけ合わせとして、後には主食として、大いに食べられるようになりました。メーカーが続出し、ラーメン、製粉、缶 詰などの業界からの参入もあり、製造者は一時は二十二社にもなりました。
ところで、パスタのみならずイタリア料理に欠かせないのがトマトです。もちろんマカロニやスパゲッティ用のミートソースにも欠かせません。

トマトソースはコロンブス後
南米原産のトマトがイタリアにもたらされたのは、コロンブス以後の、ほぼ十六世紀のことでした。つまり、マカロニやスパゲッティは長い間、トマトを待っていたことになります。そして、トマトがやってくると、すぐになくてはならない調味料となったわけです。それまではイタリアでの麺類はオリーブ油やハーブで食べられていました。
しかし、アジアでは事情が異なっていました。アジアの麺類は多分それより長い伝統をもつ味噌や醤油によって、古代から容易においしく味付けされて、愛されていきました。素材がやってきたとき、調味料が待っていた。そこにアジアの麺類の強さがあるように思えるのです。