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ふと気がついたら、白衣に、素足のサンダルばきの人が現れていた。社長の金岡栄福さんである。
あいさつもそこそこに、店一番の人気メニューの「たん塩」が出てきた。明るいピンク色である。心もち厚めで、やや大きめである。さっと炙ってから、しらが葱をまいていただく。とろっとして、それでいてさっぱりしている。まさに舌を巻く美味しさである。
「ほら、三十分たっても、色が変わらないでしょう。うちは、いっさい冷凍は使わないから」
凍らせない肉だからこそ、包丁の技を必要とする。
もう一品、ご自慢は「リブ・ロース」である。皿一面 に広がった一枚肉が、「かけだれ」から透けてみえる。これはもう、鮮やかで見るからに旨そうだ。しかし、こんな一枚の布裂のような肉を、どうやって網にのせるのだろう。火の際まで皿ごと運ぶしかないかな。目を輝かせたのも束の間、不思議が不思議を呼ぶ。皿から肉をひきずり降ろしたところで、この大きさである。網からはみ出してしまうではないか。はたまた、それをどうやって食べろというのか。ひょっとして布のように肉をくるくる巻いて、焼けということかもしれないな……。
謎は解けた。ちゃんと火の大きさに合わせて、切れ目が入れてあるのだ。それをあたかも一枚の肉のように見せるのが、腕のみせどころという訳だ。切れ目を探し当て、さっと火を通
した「リブ・ロース」はもちろん極上である。甘めのたれは、ちょうど私の好みである。たれの甘みと同時に肉のあまみが、口一杯に広がる。
包丁渡世の職人
「三香苑」では、どれもこれも湯引きならぬ、「火引き」で食べたいという気にさせる。それはひとえに材料の鮮度のよさからである。
ビール一、二杯飲んだ常連客はこのあたりで、焼酎、「緋緞」へと進むようだ。
手製キムチで舌を洗い、「せんまい刺」の、はじき返すような歯ごたえと、歯切れのよさを楽しんだ。「せんまい」にからみついた芥子のたれは、ごま油の香りが程よい。鮮度の悪い「せんまい」は、かみ切れない。ここのはお年寄りにも、歯ごたえを十分楽しんでもらえる一皿である。
「一旦包丁が入っても、だめだと思ったら、ぽいと捨ててしまうんです」
得心がいったはずの材料でさえそうなのだから、よほどの偏屈かもしれない。
「それは、賄食に回すのですね」
「いいや、全部捨てちゃいますよ」(何とももったいない限りである。拾いたいくらいだ)
「まずいものは、賄にだって使いませんよ。うちは一週間に一回は、みんなでぱーっと焼肉です」
旨いものにこだわるがための、こだわりのなさとでもいおうか。柔なオーナー・シェフとは、ひと味違う。根っからの包丁人の、あっけらかんとした微笑がこぼれた。
「料理だって、納得いかないものは出しませんよ」
話しながらも、目(心)は厨房へ向いている。キムチ、ナムルを始め、店で出すものは、すべて自分で作らないと気が済まないという職人肌である。
夏場には旬の青唐辛子をあしらうという盛りつけには、必要以上に凝らない。包丁の冴えで、吟味した材料を味わってもらおうという姿勢である。
店内は明るく
「ゴルフにいかないと、体が重くて」 体力のいる商売である。週二回のゴルフは、趣味というよりは、仕事のメンテナンスというところであろう。
「うちは決して安くないですよ」 自信が潜む言葉である。
「たん塩」は、千円、「カルビ」は九百五十円となっている。素材の質と職人の技が織り成す味は、高いだけのことはある。
これほどまでにこだわる肉を食べさせてくれる店だからこそ、炭火でないことが惜しまれる。
「うーん、そうなんです。ただ、お客さんが、服に臭いがつくのを嫌うので……。だけどうちには収納や換気のスペースがないから……」 残念至極である。
「狭く暗い階段を降りてくる地下なので、ぱっと明るくしたい」と設計した店内は、四十五席ほどの清潔な店である。もちろん韓国の酒はおいてあるが、店内に韓国を意識させる気配は一切ない。自分の眼が届く範囲で仕事をしたいという思いから、店舗展開は考えていないという。
列ができることもしばしばだそうだ。待つことが、美味しさをさらに増してくれるものである。
この人の腕を味わって欲しい、そんな店である。
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