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通は、内臓を好むというが…。渋谷駅を降りる頃には、私の不安は頂点に達していた。昔、厠で使っていたような木戸を、おそるおそる開けた。
廃木、波板にスレート、碍子など、玉山社長自らの足で集めた廃材が創り出す空間は、昭和三十年代にタイムスリップしたかのようである。壁からぶら下がっている長いビニール袋のハンガーがまた、雰囲気づくりに一役買っている。
ぶ厚いテーブルについた。わざわざ太い角柱を寄せて作ったものである。バラック建ての町工場の片隅で仲間と七輪を囲む気分にひたりながら、メニューに目を通
した。
逸品、ナンコツ
「ミノ」だの「センマイ」だのは、多少は知られているが、耳慣れない品々がリストアップされている。おまけに、お得意の内臓類は一皿がだいたい四百八十円、「カルビ」が七百八十円と、渋谷とも思えない安さである。
まずは、「黒豚ナンコツ」をお願いする。まーるく空いたナンコツの穴に、わずかの肉がへばりついている。何ともリアルな喉環のスライスに、どぎまぎする。かむことのできるぎりぎりの歯ごたえは、口の中で長持ちする。超級のこりこり感とレモンだれのさっぱり感に、私の恐怖はこなごなに打ち砕かれる。
さすが、店が薦めるだけあって、形といい食感といい刺激的な一品である。旨みも栄養もあり、歯の生え始めた赤ん坊にでも与えてみようかな。実利的な「おしゃぶり」になるかもしれない。
さて、ホルモンへの挑戦は続く。「みそだれ」でいただく「牛のコメカミ」は、弾力と歯ごたえのハーモニーがよい。動脈を切り開いた平べったい「コリコリ」は、見た目にもするめのような感覚である。
ミノの端っこにある「ヤン」は、皮つきのままである。紋甲いかより少し固めで、はじき返す歯ごたえが何ともいえず、後をひく。箸をすすめていくうちには、内臓を食べているという意識がだんだん薄らいでくる。
細分化された内臓の部位には、「カシラ」「フア」などと、それぞれ名称がある。いずれも、内臓の臭みを感じなかった。その部位
の違いを味わいながら、私の頭には「解剖」という言葉がひらめいてきた。おどろおどろしさはいずこへやら、「いったい内臓って、どんなふうになっているのだろう」、そんな興味が湧いてくる。
朝鮮人は牛の部位を、「ビーフ・イーター」といわれるイギリス人よりもさらに多い、百二十にも分けるという。頭から尻尾まで食べ尽くす肉食文化の深さを見せつけられた思いがする。
ホルモン入門編
私のような内臓ビギナーのためには、一皿でアウトラインがわかる、そして食の細い人たちのためには、一皿で少しずついろいろ味わえるメニューがあればありがたい。例えば、「ホルモンあれこれ」とか「ウェルカム・ホルモン」とでも銘打って……。「解体イラスト」のパンフレットなんてのが、店の隅っこにでも置くのも一策かも知れない。
お通しとして出されるキャベツの千切りで、口をさっぱりさせる。大阪では、「キャベツの千切り」と白いご飯が「ホルモン焼」の定番という。「ホルモン市場」では、焼き物の皿には、添えの野菜類はない。厚めのカボチャスライスがただ一片のっているだけである。
「以前はにんにくなどを使ってたんです。うちは若い女の子が多いもんで。カボチャの方がきれいでいいっていうんで、そうしました」
玉山社長が、その肉に対する知識と技術に全幅の信頼をおく磯崎チーフは言う。
ごく普通の器を使い、盛り付けに凝ることもない「ホルモン市場」のコンセプトとしては、一片のカボチャがぎりぎりのおしゃれかも知れない。スタッフのごく自然な対応がまた、店のコンセプトを具現しているかのようだ。
バブルが過ぎた今、安くてしかもおいしいものを人々は求めている。
「かつてのムードの中で食べたい」という社長の店は、なにもかもが実質本位
である。
この店の客層は、サラリーマンとともに若い学生、OLが多いと聞く。気軽に七輪を囲んでいる若い女性の二人連れを見ていると、店の雰囲気とのアンマッチぶりがまた、「今」を映し出しているように思えてくる。
「こんな店をやってみたかったんです」
学者社長は、「刺激的でエスニックで、それでいて安い!」ホルモン屋の夢が実現したことを満足げに語っていた。日本人が忘れかけていた、最も身近な「エスニック料理」を関東にも広めたいと社長は考えている。家庭でもホルモン焼きをするという大阪に育った玉
山社長は、さっと炙ったホルモンをゆっくりと噛みしめていた。
「こんな店に来てみたかった」と思う私もまた、焼肉が進化の果 てにたどり着いた郷愁を満喫した。宇宙ステーションのようなダクト群に、ふと平成の世に呼び戻される。気がつくと私のノートは、福化便長炭が弾き飛ばす美味しさの証で、染みだらけになっていた。
「ホルモン市場」は、七輪が良く似合う店である。
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