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浦安駅から十分ほどバスを乗った。休日の昼間、通 りには人っ子一人いない。
見落としてしまうような小さな看板を見つけた。張りだし窓から、かまどにかかった七厘や石鍋がみえた。何をやっているのだろうとつい覗いてしまう。人の目を引き、格好のパフォーマンスとなっている。さほど広くはない店内には、韓国の小物が程よく配置されていた。
社長の平川武さんが七厘をもってやってきた。わたしの世代には見なれたごく普通
の七厘が、特性のテーブルの埋めこみにすっぽりと納まった。テーブルの上に七厘を置くのと違って、手の動きが自然であり、勝手がよい。煙も出ない。
ガスを使っていた時に比べ、炭は三倍の手間がかかるという。換気に使う費用がまたばかにならないけれども、美味しさには換えられないと炭火に踏み切ったそうだ。
美味《リードヴォ》
何をおいても、知る人ぞ知る、「じゃんじゃん」の隠れた美味、子牛のリードヴォから始めた。あるかなしかの桜色の切身には、ひいた黒こしょうがたっぷりとかかっている。一見脂身のように見えるが、のどの肉である。
味付けは塩と黒こしょう、和ねぎの小口切りをちらしてある。さっそく備長炭で焼いたリードヴォを、そのまま味わってみた。とろっとした柔らかさである。予想に反して、脂っこくない。初めての味をどう表現したらよいのだろうか。塩こしょうのシンプルな味付けが、肉の味をまっすぐに伝えてくれる。
二切れ目は、レモン汁をつけてみた。これもまた、さっぱりとして、肉の風味がひきたつ。三切れ目はたれで食べてみたが、たれの味が勝って、せっかくののどの肉の微妙な美味しさが消され気味であった。
この部位を、リードヴォとして肉屋が持ちこんだそうだ。厳密にいえば、リードヴォではなく、子牛の「のどしびれ」という部位
である。成牛の「ウルテ」という部位に相当する。
しかし、食べてみたら、「これはいける」ということで、そのまま「リードヴォ」と銘打って提供している。部位
の名称の正確さより、美味しさが優先する。
素焼きとレモン汁の二種類で是非味わって欲しい逸品である。
客層の変化に合わせて
「じゃんじゃん」は開店して、十二年になる。現在でこそ、住宅街になっているが、以前は、飯場が多く、職人さんの食べっぷり、飲みっぷりは、それはもう気持ちがよかったという。ガス・ロースターを囲んでもりもり食べてくれた頃が懐かしいともいう。
「でも、その頃の店は本当に汚かったんですよ」
ホールを仕切る奥さんが笑う。
しかし、周辺はいつの間にか住宅街に生まれ変わり、客層もすっかり変わってしまった。それに合わせて、店も発想の転換にせまられることになる。店内をこざっぱりと改装し、炭火を使い始めた。
和牛を使っているが、近隣に競合店もあり、価格設定は安めにしてある。内臓などは五百円台で、決して高くない。地元の家族連れが食事代わりにやってくるという。
バラエティー・セット、ファミリー・セット、ワイワイ・セットのセット物が売れ筋である。カルビ、ロースとともに、ホルモン、ミノ、レバーのホルモン・ミックスが各セットの必須アイテムとなっている。ホルモン系に力を入れている様子が窺える。
焼肉の本流、ホルモン
ミノはぷっくりと厚い。切りこみも細かく深めに入り、火が通 ると、開き具合が美しく、食欲をそそる。もちろん弾力があり、大変美味しい。
「焼肉というと、肉ばっかりですね。内臓をもっともっと知って欲しいんです」
改装前の常連であった労働者は、ホルモン系を好んで食べていたそうだ。
この店のシマチョウもまた、おすすめの一品である。
「日本人は、柔らかいものがおいしいものだと思っています」
お客のほとんどは正肉中心で、メニューにのっているにもかかわらず内臓系の注文がわずかであることをご夫婦は口惜しがっていた。
月に一〜二度しかでないというテグタン、コムタン、サムゲタンなど、スープにはこくがあり、丁寧な仕事振りをうかがわせる味であった。焼き物にしても、スープにしても、内臓の臭みはまったく感じなかった。
それがどんなに美味しいものであっても、お客はどのような料理なのか想像がつかない。せっかく美味しく仕上がっている料理なのだから、味を覚えてもらってリピートにつなげる仕掛けが必要かもしれない。何よりキムチを食べれば、この店の味の確かさがわかるはずだから。
厨房を取り仕切る平川さんは、おばさん直伝の味を伝えている。それに加えて、並々ならぬ
熱心さから湧き出る奥さんのアドバイス、アイデアが厨房のご主人にもかなり影響を与えているようだ。
「却下された料理は数え切れません」と夫婦で笑いあう。
長居して店を辞す頃、十卓ほどの店内は、あっという間に満席となっていた。通
りは相変わらず人っ子一人いないというのに。
「じゃんじゃん」は、《そこそこに美味しく食べて、安くて、雰囲気があって》をモットーに、努力と研究を重ねる店である。
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